流星の軌跡  (2011/01/18)

※ヒロトの過去を捏造しています。ご注意ください。

やあ、円堂くん。
さっき日本に帰ってきたばかりなのに、さっそく特訓かい?
え、違う? 久しぶりに帰ってきたからここにきたくなった、か。
……俺も、一緒にいいかな?
うん、ありがとう。じゃあ、隣、失礼するよ。

俺、帰る前に、一度来てみたかったんだ、ここ。円堂くんのお気に入りの場所だってきいていたからね。アジア予選中は、練習で忙しくて来られなくて。世界大会がはじまってからは、日本に戻ってくることができなかったし。今日、来ることができてよかったよ。
円堂くんはいつも、ここで特訓してるんだっけ。こんな素敵なところで特訓できるなんて、うらやましいよ。
俺も一緒に? すごくうれしいけど、明日は朝早く出発する予定だから無理かな。せっかく誘ってくれたのに、ごめんね。うん、俺は明日帰るんだ。こんなことなら、ボールをもってくればよかった。
ああ、違う違う。富士山じゃないよ。今は別のところに、姉さんたちと住んでる。姉さんは父さんの代わりに財閥の仕事をしなくちゃならないから、最近はすごく忙しいみたい。それでいて、ネオジャパンの監督も引き受けるんだからすごいよね。体を壊さないといいんだけど。

終わったんだね、世界大会。なんだか、すごくあっという間だった気がするよ。響木さんに呼ばれて、この街に来たのがついこの間のことみたいだ。
もしかしたら、この大会が短かったんじゃなくて、その前の三ヶ月が長すぎたのかもしれない。
うん、そう。君達と戦ってから、響木さんに呼ばれるまでの三ヶ月だよ。
何をしていたのかって?考えていたんだ。いろんなことを。
父さんが逮捕されて、俺は「グラン」じゃなくなった。そして、「吉良ヒロト」の代わりでもない。じゃあ、俺はこれから、どうやって生きていけばいいんだろう、ってね。
ちょっと長い話になるけれど、よかったら、聞いてくれないかな。
……ありがとう。じゃあまずは、俺の昔の話をさせてもらうね。
円堂くんは、無戸籍者って知ってる? 今の日本の法律では、人間が生まれたら必ず出生届けを提出して、戸籍を作らなくちゃいけないんだ。だけど、親に何か事情があって戸籍を作られなかった場合、戸籍のない人が発生する。それが、無戸籍者。
何故こんな話をするのかって?
俺はね、父さんに出会うまで、戸籍がなかったんだ。つまり、生まれてからしばらく、俺は公には存在していないことになっていた。ああ、そんな顔をしないで。今はもう大丈夫だから。だから、ほら、こうしてライオコット島にも行けたじゃないか。戸籍があるから、パスポートが作れたんだよ。
父さんと出会う前のことは、よく覚えていないんだ。
ただ、女の人がひとりいて、いろんな男の人が家にやってきたことは覚えている。その記憶にどういう意味があるのかは、俺にはわからない。その人たちと、俺がどんな関係を持っていたのかも知らない。本当は知っておくべきなのだろうけど、こわいんだ。それに、詳しい事情を知ってる人は父さんしかいないみたいで。だから、父さんが帰ってきて、俺に本当のことを知る勇気ができたら、そのときに聞いてみようと思う。

はっきりと覚えている中で、一番古い記憶は、父さんに名前をつけてもらったときのものなんだ。おひさま園に向かう車の中で、優しい声で「お前の名前は今日からヒロトだよ」って俺に言ってくれた。そして、「これから行く場所には、たくさんの仲間たちがいる。皆、それぞれの名前を持っていて、お互いのことを呼び合っているんだよ」と教えてくれた。その頃の俺には、名前という概念が理解できなかったけれど、父さんが優しい顔で教えてくれたのがうれしかった。
ああ、えっと、父さんに出会う前に俺と一緒にいた人たちは、俺のことを「あれ」とか「それ」とかって呼んでいたんだ。だから、人間には名前というものがあることを知らなかった。
よく考えると、当たり前だよね。自分が呼ばれることがなかったんだから。
おひさま園で暮らすようになってからは、驚くことばかりだったよ。 まず、自分と同じくらいの大きさの人間がたくさんいることにびっくりした。それまで俺は、大人しか見たことがなかったからね。この世界に、俺以外の子どもがいるだなんて、知らなかったから、最初はどうしていいかわからなかった。
それに、周りのみんなが優しいことにもびっくりした。父さんも姉さんも、園のみんなも、俺に優しくしてくれたんだ。人間が、自分以外の人間に優しくできるということが俺には信じられなかった。
でも、優しくしてもらえるのはすごくうれしかった。いや、今でもうれしいよ。だから、俺も、みんなみたいに優しい人間になりたいって思う。
……え、そうかな。ありがとう。円堂くんにそう言ってもらえるなんて、すごくうれしいよ。

ええと、どこまで話したっけ……そう、お日さま園に来た頃の話だったね。

最初は戸惑いもあったけど、だんだんそれも消えて、数年が経つ頃にはお日さま園での生活にすっかり慣れていた。仲間も増えたし、学校にも行くようになって、すごく楽しかった。
そんなある日のこと、富士山に隕石が落ちてきたんだ。そう、円堂君も知っているよね。エイリア石だ。
父さんは、エイリア石について調査を始めたようだった。そして、その結果はすぐに判明した。そこからお日さま園での生活が変わってしまったんだ。
まず、父さんは俺たちひとりひとりに新しい名前をつけた。緑川の言葉を借りると、宇宙人ネームってところかな。そう、俺たちが君たちに最初に会ったときに名乗った名前だよ。グランとかレーゼとか。ダイヤモンドダストのクララだけは、本名と変わらない名前をつけられたけれど、他の者は本名とはまったく違う名前をつけられた。そして、これからはその名前で呼び合うように言われたんだ。
それから、俺たちはみんな、サッカーを教えられた。父さんが雇ったコーチの指導を受けながら、毎日毎日ボールを蹴って、練習をした。 どうしてこんなことをさせられるのか誰にもわからなかったけれど、俺たちはみんな満足だった。大好きな父さんに新しい名前をつけてもらえたし、父さんが施設を訪れる度にサッカーの上達を褒めてもらえたからね。

ヒロトという名前が父さんの本当の息子の名前だって知ったのも、その頃だった。施設にやって来た父さんが、吉良ヒロトくんの写真に向かって話しかけているのを偶然見てしまったんだ。
その時は、とても驚いたよ。写真の中の彼が、あまりにも自分と似ていたから。一瞬、父さんは俺の写真を見ているのかと思ったけれど、そんな写真を撮られた覚えはなかったし、写真に語りかけている内容が明らかに俺に向けてじゃなかった。しばらく話を聞いていると、彼はどうやらヒロトという名前らしいことと、だいぶ前に亡くなってしまっているらしいということがわかった。
そこまでわかると、その先を推測するのは簡単だった。ヒロトというのは、亡くなった息子さんの名前で、俺は彼にそっくりで、父さんはきっと俺に吉良ヒロトくんの姿を重ね合わせて見ているのだろう、とね。

でも、それでも、構わなかった。どんな形であろうと、父さんに愛されるのはうれしかったから。
だけど、その頃にはもう、俺はヒロトじゃなかった。グランというサッカープレイヤーだったんだ。
俺は心配になった。父さんは、ヒロトじゃない俺を愛してくれないのではないかと。グランという名前を俺につけたのは父さんだが、それは、ヒロトとしての俺がもう父さんには必要ないということなのではないかと。

だから俺は、グランとしても父さんに愛されたくて、サッカーの練習をがんばった。ご飯のときと寝るとき以外は、ずっとボールを蹴っていたんじゃないかと思う。

そのかいあってか、エイリア学園の組織作りのときに、俺はマスターランクチームのひとつ、ガイアのキャプテンを任された。すごくうれしかったよ。父さんは、グランとしての俺もちゃんとみてくれているんだってね。これからは、グランとして生きていこうと思った。基山ヒロトとしてサッカーをしないと決めたのはそのときだ。
そして、それからもジェネシスの称号を得るために、必死に練習したよ。父さんが作ったエイリア学園の最強チーム。その称号を得ることが、俺たちお日さま園のこどもたちにとって、どれだけ名誉なことか、円堂君、君に想像できるかな。
だけれど、今考えると、ジェネシスの称号は俺たちに与えられることが最初から決まっていたのだと思う。他のチームがエイリア石を与えられてパワーアップしていく中、俺たちのチームは何も与えられずに、エイリア石で強くなった他のチームと戦わせられたからね。すでにジェネシス計画は始まっていたんだ。最初は、エイリア石を使っている他のチームにはまったく歯がたたなかったよ。だけど、俺たちは訓練の末、何も使わずにエイリア石でパワーアップしたチームに勝てるようになった。そして、ジェネシスの称号を得たんだ。

それからは君の知っている通りだと思う。俺たちは、エイリア学園の最強戦士として君たちと戦い、仲間を想う力の前に敗れた。
そして、父さんは逮捕され、俺は吉良ヒロトの代わりでもなく、グランでもなく、基山ヒロトになった。
こんなに長い間生きてきて、やっと、自分自身の人生がはじまったんだよ。なんだか、おかしいよね。
長々と話しておいて申し訳ないけれど、実は基山ヒロトとしての生き方は見つけられていないんだ。せっかく話に付き合ってくれたのに、ごめんね。
ただ、今回の大会は、とても楽しかった。基山ヒロトとして円堂君たちと一緒にサッカーができて、本当によかった。ありがとう。
うん、そうだね、俺もこれで終わりにはしたくない。できたら、また、円堂くんとサッカーしたいな。もちろん、基山ヒロトとしてね。

ああ、もうすっかり日が暮れちゃったね。そろそろ、宿舎に戻ることにするよ。

……最後にひとつだけ、お願いをきいてくれるかな。
俺の、基山ヒロトとしての人生を、君に見ていてほしいんだ。
全部とは言わない、君の負担にならない程度でいいんだ。

ありがとう、円堂くんはやっぱり、俺なんかよりずっと優しいよ。俺は、そんな円堂くんが、大好きなんだ。

ははは、じゃあ、そろそろ行くね。
今日は、本当にありがとう。
君と一緒にサッカーできて、本当によかった。