雪道のかなた   (2012/09/16)

「ねえ、アツヤ」
 部活で遅くなった帰り道のことだった。降りしきる雪に息を白く染めながら、士郎が小さく呟いた。
「何だよ」
 アツヤが士郎の中から、呼びかけに応える。はらはらと次から次へと舞い降りてくる雪が電灯に照らされて、暗い夜道の中で眩しいほどに白く浮かび上がった。士郎はそんな雪のひとひらに手を伸ばして、続けた。
「もしも、こことは別の世界があったら、アツヤはそこに行きたいと思う?」
「別の世界?」
 一歩踏み出すごとに、足元で積もりたての雪がきゅっきゅっと音を立てた。雪道を歩いても足が濡れないようになっているはずブーツを履いているのに、気が付いたら足の指がじんわりと冷たくなっている。士郎は、それに気付いているのかいないのか、気にせずに雪を踏んで歩いた。
「うん。どこでもいいよ。魔法が使える世界とか、会いたい人にいつでも会える世界とか」
 会いたい人にいつでも会える世界。そう聞いて、士郎はきっと家族のことを思い出しているのだとアツヤは思った。あの日も、今夜のように雪が降っていた。雪は美しくも残酷に街中を白色に染めた。そして、そのまま士郎の家族を白い世界に連れて行ってしまった。
「俺は思わねえよ。考えたこともねえ。だけど」
 士郎が立ち止まる。そして、街を染めていくはずだった白い欠片をその右手にのせた。
「士郎が行きたいっていうんなら、ついていってもいいぜ」
 士郎の手の上の小さな欠片は、アツヤがそう言っている間にあっという間に消えていった。舞っているだけの雪は、すでに冷え切ったはずの士郎の手の温度にも耐えられないほど脆く儚い。
 それなのに。
「ありがとう」
 かじかんで上手く動かない指をそっと曲げて、士郎は雪が解けてしまった後の手を握りしめた。そして、もう一度その手を開き、じっと手のひらを見つめて、再び歩き出す。
 どこかの家から聞こえてくる笑い声が、誰もいない白い道に響いた。きっと、こんな寒い夜を知らない、暖かな家庭のものに違いない。笑い声はすぐに消えて、再び沈黙が訪れた。雪の積もる音さえも聞こえてきそうな静けさの中に、士郎が小さく言葉を吐く。
「いつか、一緒に行こうね」
 口を開くのと同時に、周りの空気が白く染まった。それは白い冷気が彼の家族を連れ去った日のことを少しだけ思い出させて、周りの白い雪にとけていく。
「ああ」
 アツヤの返事を聞いて、士郎は微笑んだ。
 そして、二人は白い闇の中へと姿を消した。